ガルパンと大洗のこと
大洗は2012年10月から2013年3月にかけて放映されたアニメ「ガールズ・アンド・パンツァー(以下,ガルパン)」の舞台になり,いわゆるアニメの聖地巡礼の場所としてとても有名になりました。私は,2013年の夏,秋,そして今回の冬と大洗を訪問し,色々な方にお話をうかがって調査を進めています。
研究の動機は・・・アニメにハマったというのが正直なところなのですが,表向きには「地域活性化のためのマネジメントはどうすれば良いのかを探る」ということになっています。地域活性化は全国各地で課題になっています。しかし,それを実際にやろうとすると,会社組織のように指揮命令系統があるわけではないので,誰が音頭を取るのか,どうやってステークホルダーを巻き込んでいくのか,といったことが難しいわけです。ではどうすればいいのか?それをアニメの聖地巡礼という事例から見てみようというわけです。
大洗の町はこんな感じです。
※街中いたるところにこんなのぼりが・・・
※店先にキャラクターパネルが設置されています。2月の取材時には,寒いからとマフラーを巻いてもらっている娘が多数でした。マフラーはファンからのプレゼントだったりします。ほとんどのお店の人がキャラクターを「うちの娘」と呼んでいます。
では,どのようにしてこのようなアニメの聖地ができたのでしょうか?
アニメの企画段階で,ロケをやりたいということでバンダイ・ビジュアルから大洗の町に打診がありました。アニメのストーリーは,「戦車道※」の高校生大会に,主人公たちの高校が挑戦するというものです。そこで,大洗の町の中でその模擬戦をやるわけですが,実際の町並みをアニメ中に再現することで,リアルな雰囲気を出すのですね。
※剣術が剣道になったみたいに,戦車を使って模擬戦をすることが大和撫子がたしなむ武道として成立している世界という設定です。
バンダイ・ビジュアルとロケ地の間を取り持った大洗まいわい市場社長の常盤さんは「本当に困った」そうです。ロケ地になるお店の人たちに「戦車が町を走り回る」と説明しても誰もわかってくれないわけです。それでも彼は丁寧に説明して回ったそうです。また,理解してくれる人ごく一部の人を中心に,色々な企画を練っていったそうです※。
※この段階では,もちろんアニメがヒットする保証もないわけですし,それで町おこしができるなんて思いもしなかったそうです。それでも,先行するアニメの聖地の事例なども見ながら「いくつか妄想はしていた」とおっしゃっています。
2012年秋に開催された「あんこう祭り」では多数のファンが訪れました。鹿島臨海鉄道のラッピング車両や茨城交通のラッピングバスもお披露目され,声優さんたちが登場したステージは大変盛り上がったそうです。祭りであんこう鍋の屋台を出しておられた「かま家」のご主人は,なんでこんなに行列ができるんだとびっくりしたそうです。
大きな転機が訪れたのは2013年3月の海楽フェスタでした。大洗商工会青年部が中心となって,アニメに登場するキャラクター54体の等身大パネルを制作し,大洗の商店街に設置したのです。この企画が大成功で,ファンの方たちはパネルの写真を撮ったりして,街中を散策するようになりました。
そうなってくると大洗の町の皆さんにも,おもてなししたいという思いがフツフツとわいてきます。もともと大洗の曲がり松商店街には「100円商店街」などのイベントをやってきた経験がありました。また,大洗は海水浴で有名な観光地でもあり「お客さんをおもてなしする」という考えが根付いていたと話してくださる方もいらっしゃいます。その結果,ウスヤ精肉店さんの串カツやカワマタさんの肉じゃがなど,アニメにちなんだ商品がファンの間で大人気になります。大洗の商店街で「アニメ関連商品の開発」が始まったのです※。
※大事なポイントなのですが,あくまでもこれはファンに喜んでもらおうというおもてなしの心から生まれたものだそうです。インタビューしたお店の方はみなさん「儲けるというより,ガルパンさんたちに喜んでもらおうと思った」とおっしゃいます。ちなみに,町の人たちは大洗を訪れるガルパンファンのことを「ガルパンさん」と呼んでいます。
※ウスヤ精肉店さんの串カツPOP。ファンの方が作ってくれたそうです。周りのグッズもファンからのプレゼント。こういうディスプレイが街中いたるところにあります。
※手作り惣菜の店カワマタさんの「さおりんの肉じゃが」。作中で登場人物が肉じゃがを作ったエピソードにちなんだ商品です。
また常盤さんたちも,スタンプラリーなど様々なイベントを企画していきます。企画を考えたり実行したりするための組織「ガルパン勝手に応援団」や「こそこそ作戦本部」も結成されました。さらに商店街の活性化委員会,商工会青年部などもこの企画と実行に協力していきます。
さらにこのイベントを運営するための資金を用意するための仕組みも生まれました。商工会で缶バッジを手作りし,それを商店に卸します。商店はそれを商品のおまけにつけてガルパンファンに喜んでもらうのですが,商店がバッジを購入した代金は商工会でプールされるようになっています。そのお金が,スタンプラリーの台紙の印刷費用などに充てられるわけです。ファンはついつい缶バッジを集めたくなり,グッズを買うことでお店にお金を落とします。そのお金で商店は商工会から缶バッジを購入し,その資金がまたイベントの費用に充てられるわけです。この仕組みは商工会事務局長の坂本さんが考えられたそうです。
※缶バッジづくりを実演してくださった坂本事務局長。商工会の方も,丁寧に取材に応じてくださいました。
商店街の皆さんがオリジナルグッズを企画するのをサポートする仕組みも生まれています。ガルパン関連グッズを作って販売するには,著作権を保有しているバンダイ・ビジュアルから許諾を得る必要があります。具体的にはコピーライトを表示し,何らかのロイヤルティを支払う必要があるわけです。デリケートなことなのでここでは書けませんが,これを上手く回すための仕組みも構築されています※。びっくりしたのは,商店街でお店をやっている普通のおばちゃんが「版権はね・・・」などと話をしてくださったことでした。町の方にこういう意識が根付いているところが,大洗のすごいところだと驚嘆しました。
※できればバンダイ・ビジュアル様に取材させていただきたいところです。
こんな風に,大洗にはアニメをきっかけに地域活性化を成功させた「仕組み」がありました。もちろん,それは一朝一夕にできたものではありません。海楽フェスタでキャラクターパネルを設置した際も,最初の呼びかけですべての設置店が決まったわけではなく,企画を立てた皆さんが「なんとか置いてくれませんか」とお願いしなければいけない場面もあったそうです。しかし,アニメがヒットし,ファンが町を訪れ,それをおもてなししたいという町の人々が現れ,それらの関係を常盤さんなどの中心人物と商工会などの組織がつないでいくことで,徐々に仕組みが出来上がっていったのです。
ですから,私の最初の疑問「地域活性化のためのマネジメントはどうすれば良いのか」については,(現段階では)こんな風に答えられると思います。地域活性化という局面では,会社のようにヒエラルキーにもとづく指揮命令系統は利用できません。しかし,地域に根差した様々な組織はあります。大洗の場合は商工会などがそれです。そういった既存の組織をまずは巻き込むこと。ただし,あまり話を大きくせず,できる範囲から小さく始めること。そして,小さな成功を積み重ねて,徐々に仕組みを作っていくこと。つまり,組織がないわけですから,不断の「組織化」を続けることがカギを握っているのだと思います。
もちろん,他にも色々な特殊要因がありますので,一概に成功要因を抽出することはできないかもしれません。でも,この事例からは本当にたくさんのことを学ぶことができると思っています。研究者として,そして一人のファンとして今後も大洗に注目していきたいと思います。
実際,大洗を調査(散策)してると本当に楽しいんです。町の人たちはとても親切ですし,たくさんおしゃべりしてくださいます。常盤さんが「始めはどうしていいかわからなかったので,とにかく楽しもうということにした」とおっしゃっていましたが,町の人たちも皆さんガルパンのことを楽しんでおられます。そして口々にファンの皆さんのマナーの良さをほめ,感謝の言葉を述べられています。こういう関係ができているのは,本当に素晴らしいことだと感じます。
このような素敵な事例を調査できたことは本当に幸せだと思っています。取材に応じてくださった皆様,本当にありがとうございました。近い将来,ちゃんと論文にまとめたいと思っています。
アニメとファンと地元の方々の素敵な関係が今後も続きますように。
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